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軽薄な人間の代表例

軽薄な人間は憲法を語るべからず

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 さて、少し前から我々の事を「宗教だ!」などとレッテルを貼り付けて、チラホラこちらのブログへ覗きにいらしている方(こちらを参照、昨日も来られましたか?)がいますが、御自身のブログではこんな事をさらに言っておられるようです。

 http://blogs.yahoo.co.jp/stellar_mimiru/58946054.html

 「大日本帝国憲法」という原材料の生クリームから一部を取り出しケーキ作りをしている最中に別物(GHQ草案)が混じりますした。

 その部分だけを取り除き原材料から付け足して「新日本国憲法」というケーキを作ればいいだけであり、混ざった生クリームを全て捨てて新たに原材料を取り分けて「日本国憲法」というケーキを作り直す事は時間と経費の無駄遣いです。



 国家における成文法の最高峰である「憲法」を、我々自身がどうするか考える事が「時間と経費の無駄遣い」などと言っておられます。

 無効論に対してだけ言ってらっしゃるのだろうと思いますが、先日の「宗教」というレッテル貼りや、今回の「時間と経費の無駄」などという言葉を聞いていますと、この方が如何に憲法に対して軽薄な認識をお持ちなのかが良く分かります。

 「軽薄」という言葉の意味を敢えて改めて書きますと、「言葉や態度が非常に軽々しくて、思慮の深さや誠実さが殆ど感じられない」、という意味です。

 憲法を日本人の手でどうするか考える事に時間と経費を費やしてはダメなんでしょうか?立ち食い蕎麦屋のような安くて手軽なサービスが憲法に求められているのでしょうか?

 そんな事はないですよね。普通の人格をお持ちの方ならばそんな軽々しい事は言わないものだと私は思います。そもそも御自分から話を振っておいて、こちらから質問したら逃げ出し、挙句の果てには「あいつらは宗教だ!」などとレッテルを貼られる「軽薄」な方が、詭弁を弄して憲法云々を仰々しく語った所で何の説得力もない事は、もう私が指摘するまでもないでしょう。

 何度も何度も言っていますが、このような礼儀知らずで軽薄な方は憲法を語る以前の問題です。御自分の言葉が、結局ご自分を貶めている事を素直に認めなければ、永遠に自虐史観から逃れる事などできはしないでしょう。

 ちゃんと認めて訂正なさるなら、もちろん議論を再開させて頂いても構わないのですが、所詮ネット上のやり取りですから、実際の生活において実害はないのですから訂正などなさらないのでしょう。そうすれば逆にこちらの意見はより一層信憑性が高まるので、どちらでも良いと言えばいいのですが。

 少し尊大な物言いに聞こえたら申し訳ありませんが、私は「怒っている」のではなくて、「叱っている」のですよ。怒るのと叱るのは似ているようで全然違います。「怒る」は一方的に相手に感情を吐き出す様を表しますが、「叱る」は愛情を持って相手に接する時に用いられる事が多い言葉です。

 私自身も良い年齢の「大人」になったつもりですが、未だに叱って下さる「もっと大人の先輩」方を何時も探しています。それは私自身の規範精神にもっと磨きをかけたいという想いがあるからです。それだけ、今は叱ってくれる大人が少なくなったのではないかと思っています。

 しかし、現代の子供たちにとって叱ってくれる大人が減っている事は、非常に重大な問題の一つであると思います。最近の若い者(という言うほど私は年寄りではありませんが…)や子供は、叱られても素直に謝ろうとしない子を多く見かけます。

 最近、近所の子供らが悪さをしていたので叱りつけましたが、兎に角まず謝ろうとせずずっと黙り込んでいるので、「悪い事をした時はどうするの?」と問いかけました。けれど何も言わないので「悪い事をした時は『ごめんなさい・・・』って言わないといけないだろ?」と言ってから彼らは初めて謝りました。

 (遊んじゃいけない所で遊んでいたので叱ったのですが、現実問題として遊ぶところが都市では少ない事も彼らにとっては気の毒な事だなとも同時に思いました。しかし、遊ぶところが無いからと言ってゲームばかりに熱中し過ぎてもいけませんし、兎に角怪我したらダメだから外へ出させないというのも本能が磨かれず過保護になってしまい、好奇心と自立心が育ちませんね。)

 謝り慣れていないのか、単に余りにも私が怖い形相で叱ったからかは定かではありませんが、今の子供たちも含め一部の大人もそうですが、その場で起きている問題を解決する為の意思表示すらも出来ない人が非常に多いように感じます。

 小さな時に、「自我を通せば大人は言う事を聞く」という態度を養ってしまうと、彼らは自分たちが大人になった時に同じ事を子供からされた時や、大人社会に出てから体験する様々な問題や人間同士の軋轢に対する「問題解決能力」が著しく低下してしまうように思います。例えて言うならば「落とし所」を探れないから、相手を抹殺するところまで極端な行動に出てしまうか、はたまた「自分は自分」という極端な個人主義に走ってしまうのであろうと思います。

 つまり、社会適応能力が欠如するため、自分は社会の中で爪弾きにされているんだという疎外感を常に人間関係において感じるようになるのですけれども、この閉塞感と悲壮感を埋め合わそうとしてよく利用されているのが、「人權」という人造観念を基にした階級差別利権なのだろうと私は思います。

 良く「人権を守れ!」などと狂ったように叫んでいる方々は、「國民の税金を弱者救済のためにもっと使いなさい!」と言います。自身の都合だけでは無く、やむを得ない事情により本当に救済措置を必要としている人たちが安心して社会生活に復帰できるセーフティネットを政治が構築する事は私も賛成するところではあります。

 ですが、いわゆる「似非人権団体」などと言われている方たちの多くは、「國民のみんなに助けてもらって自立再生し直したならば、自分と同じような境遇に置かれて居る人々もまた、自立再生できる様に受けた恩を社会へ還元しなさい」とは、言わないのでしょう。

 弱い立場の人間を利用して、國家からカネを分捕れるだけ分捕れ、税金はカネを沢山持っている人間に払わせれば良い、と。そして道徳心の無いモラルが低下した守銭奴の富裕層は、「何で働きもしない人間に金を払わにゃならんのだ?それなら安い外国人労働力『移民』を日本に輸入して働かせた方が儲かるじゃないか!海外の土地で安い労働力を使った方が良いじゃないか!」と。

 これは差別意識と強迫観念を利用して成り立つ、共産主義の階級闘争の構図と酷似しているといえます。

 國家のご主人さま(主權者)である日本國民は、國民多数意志によって幾らでも好きなだけ税金を使っても良い、好きなだけ税金を徴収しても良いと認めているのが占領憲法であり、紛れもなく占領憲法は「共産主義を容認」している憲法です。

 つまり、占領憲法(日本國憲法)の前文で「人類普遍の原理」と書かれている通り、「一人一人の人命は地球より重い」などに例えられるように、「國民主權」という名の究極の個人權利主義、個人主義思想が、日本から共助(日本國民同士共に助け合う)の道徳精神を奪っているのです。

 (南出喜久治先生の『國體護持』より引用させて頂きます。)
 

 國體護持第6章より引用(著者:南出喜久治)

 第6章 万葉一統

 第3節 萬葉一統

 現代教育の大きな歪みは、現代社会の実体の歪みを直接に反映してゐるのである。現代の教育制度は、学歴取得競走と就職競走に奉仕するものであつて、これらの競走の自由を保障するものとして教育の機会均等を標榜してゐるに過ぎない。

 これらの競走の結果、勝者と敗者とに選別され、勝者は強者へ、敗者は弱者へと分化して、それが社会差別の形成要因となる。しかし、教育には競走原理が不可欠であつて、これがなければ教育は成り立たない。

 ところが、その競走目的の設定を誤ると現代のやうに社會が荒廃する。現代教育の目的は、強者となつて栄華を謳歌する「強者教育」であつて、強者となつて弱者を救済する「聖者教育」ではない。

 親が子供達に吹き込むのは、一流大学を出て一流会社や官庁に就職して他人よりも経済的に豊かな生活をすることが人生の目的であり、街で貧者を見かけたりすると、「勉強しないとあの人達のやうになるから、しつかり勉強しなさい。」と差別意識と強迫観念を植えつける。

「勉強して立派になつて、あの人達を助けることができるやうに、しつかり勉強しなさい。」とは教へないのである。



 すでに論理破綻を指摘されている理屈を並べたて、理念を持ち得ず軽薄な言葉でしか訴求力を誇示出来ない人間に、そもそも憲法など語る資格など無いのです。

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テーマ : 日本国憲法は無効です! - ジャンル : 政治・経済

COMMENTS

最も効率的です

今の日本の現状、世界の状況をみわたせば、新無効論ほど論理的、実践的かつ合理的そして超簡単さらに!瞬時瞬間なものは他にありません。

でも確かに、日本を完全な共産主義の共和国へ導きたいという目的の方々にとっては、全く逆なのでしょうね。ステラさんが日本の歴史伝統文化風習をちっとも大切にしようとしていらっしゃらない方だということが、だんだんわかってきました。残念です。聡明な方だと思っていたのですが。

本当に見事なコラボレーション

 先日アイサイさんとお話した時もつくづく感じましたが、GHQと共産主義、本当に見事なコラボレーションですね。
 裏を返せば、いかに日本が恐れられていたかという事です。その恐ろしい日本の根幹から、何を取り除き弱体化させようとしたか?まずそれを知り、逆手に取るべきだと思います。
 つまり、彼らが叩き潰そうとした「大日本帝國憲法」「教育勅語」「五箇条のご誓文」を最初に取り戻すやり方、それが国家再生の為の最短距離であるという事ではないでしょうか?
 それでも、その「日本の魂」を護持する考え方を「宗教」と呼ぶ人に告げたい。あなたはこの「日本の魂」を承継してきた先人達の恩恵の上に、ぬくぬくと生活させて頂いているのだ、決して自然発生して自分の努力だけで生きているのではないのだ、と。

こんばんは!

アイサイさん

 日本共和国化を目指す典型的な方だと誤解されかねませんね、ステラさんは。もうすでに多くの方から誤解されているでしょうけども。「誤解」であれば良いのですが。。。さてどうでしょう。

 soramameさん

 そうですね、日本には宗教と言う物が根付かなかったのは、やはり神道という先祖崇敬の信仰文化があったからだと思うんですね。これさえちゃんとやっとけば偶像崇拝や創造主を拝んだりしなくても生きて行けると。ある意味現実主義的な信仰文化でもありますよね。

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