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憲法無効後に目指すことは?

神々の國へ・・・戻りましょう!

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 これまでの経過はこちらを参照
 ・http://dandyroads2.blog95.fc2.com/blog-entry-136.html
 ・http://dandyroads2.blog95.fc2.com/blog-entry-153.html
 ・http://dandyroads2.blog95.fc2.com/blog-entry-159.html
 ・http://dandyroads2.blog95.fc2.com/blog-entry-162.html

 これより以下引用部分は、ステラさんのコメントのまとめ。

 (引用開始)

>当時GHQ草案の憲法を押付けられたといっても、帝国議会を通さずに公布してはいません。GHQの認可がなければ公布できないといえども、ポツダム宣言第10条に即したものを彼らが求めていたのだから当然のことでしょう。

>当時の帝国政府などで公職追放などはありました

> しかし戦後処理の話はあったようですので、「民主主義的傾向ノ復活強化ニ對スル…」(ポツダム宣言第10条)に繋がる会見(先帝陛下とマッカーサーの会談の事)内容もあったとする方が自然な流れではないでしょうか。

>すると、会談内容は帝国議会にも通されるのが自然であり、幣原首相もマッカーサー元帥と会談した事実があるので、昭和天皇との会談が「潤滑油」であるなら国務大臣らとGHQとの会談が「輪転機」であるとしても大きな間違いではないでしょう。

>マッカーサーとの会談は計11回ほどで、後の東京裁判や講和条約に先立つ「中間講和」であり帝国憲法第13条「…和ヲ講シ…」であり、

>帝国憲法で「(枢密院というフィルターがあるとは言え)様々な天皇大権を保有」したまま下位規範の法律などで「国民主権」を決めても、帝国憲法の内容に反するので帝国憲法そのものを改正しなければ意味はないのですね。

>そのような事実から帝国憲法の下位に位置する法律、政令などの改正をしてもそれらの内容が帝国憲法に反するようでは効力を得ませんので、必然的に帝国憲法条項改正を実施しなければならない…と考えるのが自然であると思います。

>ポツダム宣言第10条『…民主主義的傾向ノ復活強化…』から1つの類推適用をすると(※注1)帝国憲法には「地方自治」に関する事項『憲法的保障を与えて確立すべき基本原則ではない』とされていたので、より民主的な改正の必要があったのでしょう。

>以上の事から『帝國憲法第75条は反対解釈で、ポツダム宣言は類推(拡大)解釈』はしておらず(※注1)、あたしの発言はダブルスタンダードではありませんね。

>「憲法改正」に影響していたのか・・・
していたと思っていますが、帝国憲法第13条行為(ポツダム宣言受託)が継続しているので「中間講和条約」締結への橋渡しである、というのは早計であると思います。


 (引用終了)

 ※注1について。

 前のエントリーでも述べましたが、南出喜久治弁護士の憲法第75条が「類推解釈」で、ステラさんのポツダム宣言第10条は「類推適用」であるなどとして、あたかも「類推適用」「類推解釈」が別の意味を持っているかのようステラさんは言っていますが、そもそも、類推解釈とは「類推適用」するために行う解釈技術の事を言うのであって、別々に意味がある訳ではなく、一体のものです。

 言い換えると、人間が「木を切る」という目的(類推適用)を行うには、「木を切る技術(動作)」という行為(類推解釈)が当然必要だという事です。マンガの世界じゃないのですから、勝手に木は切れません。

 従って、上記引用部分の(※注1)

 「ポツダム宣言第10条『…民主主義的傾向ノ復活強化…』から1つの類推適用をすると

 と、

 「『帝國憲法第75条は反対解釈で、ポツダム宣言は類推(拡大)解釈』はしておらず、あたしの発言はダブルスタンダードではありませんね」

 は、「私は、類推適用はしているが、類推解釈はしていません」という事であり、「私は木を切ったが、木を切る動作はしていません」という、なんだかドラクエの魔法で言う「バギ(あってます?)」で木を切る事よりも、遥かに凌ぐ創造を絶する超能力を使ってるかのような空想話をしているという事になります。

 これは、誰が見ても完全に矛盾していますから、「これは違うんです!」とは強弁出来ないはずです。この点は思想の違い云々以前に、認めざる得ないですね、ステラさん。

 ということで、ステラさんはポツダム宣言第十条を「拡大解釈」しているわけです。

 そして、国内系の法と、国際系の法を完全に峻別しなければならないのですが、ここで言う国内系の法とは「帝國憲法」の事で、国際系の法とは「ポツダム宣言」のことを指します。

 そもそも憲法とは、自分の国の掟を自分たちで決める、ということですから、ステラさんが言うように自分達に対する「誓い(規範)」と言い換えても良いと思います

 そして、条約とは読んで字のごとく、「条文」に書かれた事を基に、相手と「約束」をするという事ですから、自分だけの存在ではなく、相手があって初めて効力を有する「契約行為」という事です。

 皆さんも、携帯電話などやさまざまな「契約」をされていますが、条約の条文とは契約書に細かく書かれている「約款」に近い物と捉えても良いと思います。(約款は「誠実な双方の協議によって・・・」という文言はよく見ますが、ポツダム宣言にはありません。)
 
 よって、ポツダム宣言に「最高規範である憲法改正を行うべし」というような文言が、「契約書」に無いにも関わらず、米国GHQが日本に対して「日本國自身が、自らの意志で行ったかのように装って、憲法改正を強要する」事は、完全にポツダム宣言違反です。

 「条文(契約書)」に書かれた文言を遵守する事が求められているにも関わらず、これを敗戦国である日本側が自ら「類推(拡大)解釈」する事も「契約違反」となるのは当然です。

 ですが、そもそもGHQ側も明示していないのに、日本人が日本側に不利になるような拡大解釈を行うという「売国反日行為」を容認している事自体、その属国奴隷意識に私は愕然とする他ありません。

 前のエントリーでも書きましたが、丸腰の人間(日本)が、兵士(米国)に銃を突きつけられている状態で、自発的な権限を自由に行使出来る訳がありません。

 >「ポツダム宣言が国内法としての力を持つ」

 と、ステラさんが言っているように、天皇の講和大権に基づいてポツダム宣言を受諾しているのですから、その中の条文である第十条が仮に、暴力を用いても「憲法改正」を示唆していると考えたとしても、当時の帝國憲法下においてその法的根拠となりえるのは、どう自然に考えても、「天皇の講和大権」しかないのです。

 その「講和大権」に基づいて、国内法として有効になるのであれば、上位規範である帝国憲法が、下位法規であるポツダム宣言によって改憲されるという、法体系理論は成り立ちません。それを平易な言葉で例えるならば、「小亀(ポツダム宣言、国内法・下位規範)が、親亀(帝國憲法・上位規範)」をひっくり返す」という、ありえない屁理屈なのです。

 そして、国内系である帝國憲法75条違反についてですが、先ほども述べたように、憲法とは自国の規範を明示したものであり、国家の自存自立を目的として立憲されるものであります。

 最高規範として「国家の自存が保たれない憲法や、憲法自身が認めていないにもかかわらず、他国からの圧力がある状態での改正を認めるという憲法は、憲法と言えない」という事であります。これが認められなければ、これまでの立憲主義をことごとく否定する行為に他なりません。

 従って、ステラさんのように、「占領憲法は、GHQの圧力があったし、認可が必要だったけど、仕方が無かった。憲法75条には「摂政は改正できない」としか書いていないのだから、GHQの圧力下での改正は認められる」という反日売国的な「反対解釈」は、わが日本の自存と立憲主義を脅かす「暴力的な改憲を容認する思想」であって、世界平和の観点からも認めるわけにはいきません。

 その暴力主義を認めるならば、GHQが大東亜戦争後の占領下で行った、暴力的改憲がまた再び日本で発生した場合、それをも永遠に認めなければ、おのずと自己矛盾に陥るのは自明です。これでは憲法があっても無くても同じという事であり、法実証主義の観点から見ても許される事ではないでしょう。

 細かい事を言えば、まだまだ指摘出来ることが多々ありますが5月2日の記事のコメント欄でステラさんが書かれた事に今回のことが、すべて思想的にも集約されていると思います。

>例として、2つの学校での不良グループの闘争があります。一方が負けて他校に対する「侵略せず」などの誓いが「日本国憲法」に相当すると思います。また、その後の落とし前(サンフランシスコ講和条約)を締結したからといって「誓い」がチャラになるはずがありません。

チャラになればまた抗争の繰り返し。そんなもんです。

 (| ステラ | 2009/05/04 10:53 | URL | ≫ EDIT  より)

 「チャラになったら抗争の繰り返し」、この文脈から言うと「チャラ」にする対象は「日本国憲法」なのは明らかですが、日本が(国内的)主権を行使して認めたのだから、「日本国憲法は憲法として当然有効である」というステラさんが、なぜ「チャラにしたら抗争(戦争)が繰り返される」と仰るのですか?

 自国の憲法を、自国主権で無効にしたら、なぜまた抗争(戦争)が始まるのですか?

 日本国憲法を日本人が無効にしたら、誰が日本に抗争(戦争)を仕掛けてくるのですか?

 法として破棄したら抗争(戦争)状態に戻るのは、そもそも講和条約だけではないですか?

 「日本国憲法は、講和条約の限度として認められない」のではないのですか?


 「日本国憲法は憲法としては無効だが、講和条約の限度として有効である」という、南出喜久治弁護士の理論に批判されているのではないんですか?

 何が、「そんなもんです。」なのですか??

 私は、多くの日本人に、少なくとも日本人の規範としては、そのような暴力を肯定するような思想を持って欲しくないから、しつこく言っているのです。それはステラさんに対しても同じであり、私も厳しいことを書いていますが、意見が違うからといって、一方的に排他的になど私は扱いませんし、扱っているならこのようなやり取り最初からしませんし、放り出しています。

 自分が暴力を振るわなくても、自分に対して相手の暴力を容認してしまえば、自分が暴力を振るっている事と同じ事なのではないですか。ましてや自分の国の人々に対しての暴力を容認するなどもってほかではないですか。

 本当の意味で日本国家の安寧と世界平和を求めるならば、まず日本国憲法を無効とし、八百万の神々のご神勅に基づいて、本物の平和というものを「共助の精神」で我が日本がまず実現に向けて動き出し、世界にその範を示さねばならないのではないでしょうか。

 だから、まず日本は本来の「神々の国へ・・・」と戻りましょう!


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テーマ : 憲法改正論議 - ジャンル : 政治・経済

Tag : 大日本帝国憲法 占領憲法 日本国憲法

COMMENTS

帝国憲法が機能していればこそのポツダム宣言受諾ですね。それが全てだと思います。
バギは確か真空の刃の魔法で相手を切り刻みます。
習得したい…

ブログ名変更おめでとうございます


 敢えて屈辱の日を選ばれた、dandyさんの強い意志と国家への思いを感じます。これからの一層のご活躍、ご多幸を心よりお祈り申し上げます。

 「新無効論」について学べば学ぶ程、理論的に完成されている事を思い知らされます。護憲派、改憲派の前提となっている「有効論」の論理破綻ぶりとは、本当に対照的です。
 そして有効論者は、過去の占領期についても、平時の感覚で検証しようとします。
 「占領憲法有効」としがみつく方々は、ただ怖いだけなのではないか?と最近は感じます。占領憲法で成り立っているはずの、今の社会はどうなってしまうのか?帝國憲法に戻ってしまったら、また戦争が始まるのではないか?
 本当にそれらの疑問全ては勘違いから生じている杞憂そのものなのですが、今まで受けてきた教育のレベルを考えますと、その誤解が生じるのも当然かもしれません。
 しかし、占領憲法にしがみついていても、戦争は起きます。今後、戦争に巻き込まれてゆく事は避けられません。
 それでは、どうしたらこれからの動乱の時代に対応していけるのか?
 その答えは、日本が本来あるべき姿を取り戻す事以外にはないと思います。
 dandyさんの仰る

 >本当の意味で日本国家の安寧と世界平和を求めるならば、まず日本国憲法を無効とし、八百万の神々のご神勅に基づいて、本物の平和というものを「共助の精神」で我が日本がまず実現に向けて動き出し、世界にその範を示さねばならないのではないでしょうか。

 これこそがその答えであると思います。
 こちらのブログではいつもたくさんの事を学ばせて頂いております。ありがとうございます。志を同じくする者として、今後ともご一緒に勉強、活動させて頂ければと思っております。これからもどうぞよろしくお願い致します。

>・・・「占領憲法は、GHQの圧力があったし、認可が必要だったけど、仕方が無かった。憲法75条には「摂政は改正できない」としか書いていないのだから、GHQの圧力下での改正は認められる」という反日売国的な「反対解釈」・・・

今は一言だけ書かせてください。「・・・しか書いていない」「のでGHQの圧力下での改正は認められる」とはつなげないでください。そのように書いていていないんですってば(´・∀・;。

あくまで帝国憲法第75条に「限れば」、「摂政就任中は第73条、第74条行為を行えないとする内容」「なので日本国憲法施行が帝国憲法第75条違反にはなり得ない」・・・としかこの場合では書いていません。

改めて冷静になりdandyさんの文章を検討してみますので、お互いにもう少し冷静になる必要があると思われます(m--m)。

神々

>だから、まず日本は本来の「神々の国へ・・・」と戻りましょう!
私は何が気に入っているかと言えば「神の国」ではなく「神々の国」と言うところです。
実に日本的で良いではないですか。
現行憲法は“神が作った”(本来は“主”だけど)ものだから日本に合うわけが無いんですよ。

皆様、こんばんは!

DOOM RIDERさん

 そうでしたか、真空の刃の魔法でしたか。占領憲法も一日でも早くスパッと無效にしたいものですね。共に周知に尽力いたしましょう!。

soramameさん

 何時も色々とお世話になり有難うございます。こちらこそよろしくお願いいたします。そうですね、特に占領憲法による利権にお世話になっていない人ならば、「他國が日本に強要させた憲法なんてダメだよね~」という事だけで、何も難しい事は言わなくても殆ど理解出来るのではないかと思います。後は、「占領憲法でこれまで何も問題が無かったんだからこのままで良いじゃない」という人とかでしょうか。あらゆる時事問題の根源をたどれば自ずと憲法にたどり着く事を知って頂けるような周知も必要なのだろうと思っています。

松崎さん

 有難うございます。そうですね、仰る通り一神教の神は「主」ですね。本当は主權論が如何に日本に合わないかを書きたいと思っているのですが、中々これが分かり易く説明するのが難しいなと思っているところです。取りあえず今は「國體主權」だとは述べているんですが、厳密に言うと内向き的な意味での「主權論」は否定しなければなりませんね。

こんばんは!

ステラさん

>今は一言だけ書かせてください。「・・・しか書いていない」「のでGHQの圧力下での改正は認められる」とはつなげないでください。そのように書いていていないんですってば(´・∀・;。

分かりました、(意味はともかく)書いていないんですね。御説をお待ちしています。


>あくまで帝国憲法第75条に「限れば」、「摂政就任中は第73条、第74条行為を行えないとする内容」「なので日本国憲法施行が帝国憲法第75条違反にはなり得ない」・・・としかこの場合では書いていません。

 ステラさんは帝國憲法75条を「反対解釈」しているのでしょう。摂政が置かれていたのでは無いのだから、改憲派可能だと仰りたいんじゃないんですか?違うのですか?違うのならなぜ違うのですか?単に75条に関しては「違反では無い」という事を言いたいだけで、改憲出来る根拠はまた別にあるのですか?であるならばそれは何ですか?その辺りを分かりやすく、ハッキリ示してくださらないと、私のような読解力の無い人間に勘違いされますよ。

>改めて冷静になりdandyさんの文章を検討してみますので、お互いにもう少し冷静になる必要があると思われます(m--m)。

 私は十分冷静ですので(笑)、どうぞお気の済むまで御自由にお考えください。ですが、結局何が言いたいのかもっと分かり易く言わないと、皆様に伝わないと個人的に思いますが。

 「占領下においてGHQの関与がある中で憲法改正が出来る」という根拠を、何方にでも分かるように、分かり易く説明して下さい。

 ステラさん、良かったら一度勉強会へいらっしゃれば良いじゃないですか。私は歓迎しますよ。改憲論者の方も来られる事もありますし、勉強会は何も無効論の話ばかりしている勉強会ではありませんので面白い(個人差はありますが)と思いますよ。

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