スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


 クリックお願いします。
 ⇒人気BlogRanking人気ブログランキング
 こちらもクリックお願いします。
 ⇒FC2BlogRanking.gifFC2ブログランキング

幸福”降伏”実現党の正体2

カルト政党や政策云々以前の問題②

 人気BlogRanking FC2BlogRanking.gif


 前回のエントリーでは、幸福(降伏)実現党が表明している、己が絶対神になったかのような新憲法試案に関するQ&Aの矛盾点を数点指摘しましたが、なぜここでしつこく取り上げなければならないか、その理由は実に単純明快です。

 南出喜久治先生の國體護持(序言)から引用します。(現代語訳版です。)

 ~引用ここから~

 ところで、ある人によれば、むくつけき戦後空間において、徐々に戦後体制からの脱却を指向してゐる動きがあり、新無効論が理解される雰囲気が生まれてきたとの指摘もある。しかし、反面教師である共産党などの研究を長くしてきた私からすれば、その雰囲気といふのは、逆に大きな危険を孕んでゐると感じてゐる。それは、「天皇抜きの民族主義」が席巻する土壌の生まれる危険と表裏の関係にあると感じてゐるからである。

 近い将来、皇室制度と民族主義との不可分一体性を否定する「天皇抜きの民族主義」から、さらに堕落して、天皇を民族の敵として位置づける「反天皇民族主義」へと誘導させる二段階の天皇制打倒論が、それなりの政治勢力となつて浮上してくると予測される。といふのは、日本共産党(以下「日共」といふ。)のこれまでの歴史がそれを示唆してゐるからである。

 大正八年、レーニンの指導により世界の共産主義化を目的として設立されたコミンテルンの大正十一年十一月の第四回大会で、全世界の「君主制」を根絶するとの基本方針を決定し、このとき、コミンテルン日本支部として正式に承認された日共は、「天皇制の廃止」(天皇の政府の転覆及び君主制の廃止)を闘争方針とし、「民主主義的なスローガンは現存天皇政府に対する闘争において、日本共産党がもつ一時的武器にすぎないものであつて、党の当面の直接的任務が完成されるや否や、直ちに放棄さるべきものである。」と宣言した。これは、いまもなほ厳然として日共の理論的支柱となつてゐる。

 また、昭和二十一年四月三日に極東委員会が天皇の戦犯除外を決定するまでの経緯において、日共の野坂参三が深く関与してゐたことが明らかになつてゐるが、日共は、その過程の中で、天皇個人と天皇制とを区別し、天皇の処罰(処刑)と天皇制の廃止とを区別し、さらに、天皇個人の退位と天皇制の廃止とを区別するなど、様々な「二分論」や「二段階論」による天皇制廃止戦略を組み立ててきたのである。それゆゑ、今後において、「天皇抜き」と「反天皇」といふ二段階で、「民族主義」を利用した天皇制廃止戦略を打ち立てることは必至である。

 さらに、日共は、過去から現在まで、革命の目的のためには手段を選ばないといふ二分論によつて、本音と建前とを使ひ分けて転々と戦略の変更をしてきた。たとへば、昭和二十一年六月二十八日、帝国議会において、衆議院議員野坂参三は、帝国憲法の改正案を衆議院で修正することは帝国憲法第七十三条違反であることや、国家の自衛戦争を否定することはできないといふ本音の主張したのであるが、今の日共は、建前論として占領憲法第九条を堅持するといふ原理主義を掲げてをり、まさに今昔の感がある。

 昭和二十一年一月十二日に野坂参三が帰国してからの日共は、「愛される共産党」といふスローガンによつて「占領下平和革命論」を唱へた。武装革命路線を放棄したのである。ところが、昭和二十五年一月六日にコミンフォルムが野坂理論を批判する「五十年問題」が起こると、再び武装革命路線に転換して突き進み、昭和二十六年二月二十三日の四全協、そして『五十一年テーゼ』を採択した同年十月十六日の五全協で武装革命路線を確定させ、長期にわたつて各地で様々な武装闘争を展開してきたが、昭和三十年七月の六全協でその路線を放棄して今日に至つてゐる。現在では、武装闘争路線へと再び転換する可能性は少ないが、さうであればこそ、この二分論や二段階論による柔軟路線による戦略を選択する可能性が極めて高くなつてゐる。否、既に選択してゐたと云つても過言ではない。わざわざ「日本」共産党と名乗り続けてきたことは「民族主義」へ転換するための布石であつたし、古くから選挙用ポスターに富士山を登場させてゐたからである。

 このやうなことは、日共固有の戦略ではない。他の左翼勢力も同様の戦略を立てゝゐる。今や、日共を含む左翼勢力が「天皇抜きの民族主義」を主張することに何らの支障もない時代であり、左翼勢力が自民党左派や民主党左派を取り込んで連立政権を打ち立てるについて、思想的な障壁は全くなくなつてゐる。

 最近、占領憲法第九条を改正して自衛軍を創設せよとか、愛国心教育を行へとか、保守層の琴線に触れるやうな様々な保守論壇の主張がなされてはゐるが、その中には、尊皇と皇統護持の至誠を保持せず国体護持の情熱を喪失してゐる言説が多い。まさに画竜点睛を欠き、似て非なるものに他ならない。あからさまに「天皇抜きの民族主義」を掲げる言説であれば、それに対する保守層の警戒心も湧くが、お為ごかしに、その本心を隠した「ハーメルンの笛吹き男」の言説も跋扈してゐるので、保守層はこれを真に受けて騙される。そして、早晩、この騙しの手法に便乗して権力中枢に入り込む不逞の輩が出現するだらう。これまでの日共や旧社会党などの主張の変遷過程から推断すると、左翼勢力は、このやうな手法によつて保守層を取り込む戦略を選択し、さらには自民党や民主党などに工作隊を送り込んでくるであらう。

 「天皇抜きの民族主義」と「反天皇民族主義」との共通項は、文字づらでは「民族主義」といふことになるが、実はさうではない。この両者の糊代部分(共通部分)は、民族主義ではなく、実は国民主権論」といふ反国体思想であつて、その源流は、おぞましいルソーの思想である。つまり、反国体同盟は、ルソー同盟であり、ルソー党である。国民主権論自体がそもそも「容共思想」であり、「容ルソー主義」なのである。護憲派は云ふに及ばず、腐りきつた占領憲法を改正すれば真面になると信じてゐる脳天気な改憲派も、ともにルソー思想を支持することにおいては完全に一致してゐる。

 保守層の者は、「民族主義」といふ言葉を聞くと、思考停止となり無批判に共感してしまひ、「ハーメルンの笛吹き男」が導く方向が正しいものと錯覚してしまふ。慣れとは恐ろしいものである。異常なことが反復継続すると徐々に麻痺してきて、そのうち、その異常さを感じなくなる。そして、ついに「釜中の魚」の運命を辿ることになるのである。

 その運命の果ては、野合による国体破壊である。それは、第一条(天皇条項)と第九条(武装解除条項)を同時に削除して、「日本共和国」となり、軍隊のある「普通の国」となることである。これは既視感ではない。これこそ、占領憲法の制定過程の辿り来し道である。占領憲法制定においては、占領憲法の第一条と第九条は、合はせ鏡の如く表裏の関係にあつたことを思ひ出してほしい。

 その野合する具体的な内容はかうである。

 「皇室に対して、占領憲法制定によつて没収した皇室財産の一部を分与返還し、我が国最長の名門家系として存続させることは保障するが、憲法上の地位は喪失させ、第一条以下の天皇条項を削除して、皇室を憲法外の地位とする。このことと引換に、第九条第二項の武装解除条項を削除して、正式に軍隊を保持できる普通の国になる。」と。

 つまり、このやうな政治決着によつて占領憲法を改正するといふシナリオである。これは、自民党の左派、民主党の左派、公明党、社民党、日共などが大連立することによつて実現しうる。これらの勢力に共通するのは、ともにルソー教に入信した「国民主権論」の鞏固な信者たちであるといふ点であり、野合するための共通項としては、それだけで充分なのである。これにより、「共産」と「非共産」の区別は消失して統合される。過去に、犬猿の仲であるとされた「共産VS非共産」といふ政界図式が解消され、国体破壊を目指す国民主権論者同盟としての「反国体同盟」が結成され、これによつて国体の完全壊滅を実現しようとする。犬猿の仲であつた薩長が倒幕のための同盟を結んで倒幕を敢行したのと同じ戦略である。

 ~引用ここまで~

 従来、保守本流と呼ばれていたはずだった自民党は、結党当時、憲法改正と言うよりも、「自主憲法制定」と言うスローガンを掲げて、保守本流を標榜していたのですが、この自主憲法制定の中身は、「日本國(占領)憲法を無効とし、帝國憲法を復元させて必要であれば改正する」でなければなりませんでした。

 しかし、今はどうでしょう。やるやると言ってそのまま何十年も占領憲法を放置した結果、教育は崩壊し、國民の祖國を護るという気概を根底か腐らせてしまい、そのツケは当然の如く子孫に回ってきています。しかも、その場しのぎの解釈改憲で自衛隊を蔑にし続け、國民を騙し続けて来た結果、自衛隊そのものが國を護る気概がない単なる公務員集団と化してしまいっています。

 そして、「國體を護持する!」という明確な國家観なき状況のまま、一部の経済的な発展だけでその優越感に胡坐をかき、その謳歌を極めた経済に陰りが見え始めたこの時期に、この幸福実現党というカルト政党が逆に、「北朝鮮のミサイルから日本を守れ!憲法9条改正!」という、いかにも保守・右派が喜びそうなスローガンを掲げ、明らかに「天皇抜きの民族主義」を謳った新憲法試案なるものを堂々と我々國民に突きつけてきました。

 さて、幸福実現党が声高に言う、「天皇抜きの民族主義」が達成されそうな昨今の状況の次に、起こり得る事は何でしょうか?

 引用させて頂いた「國體護持」の序言で、南出喜久治先生が指摘されていらっしゃる通り、当然次は「反天皇民族主義」の動きが出てくるでしょう。

 そして、「反天皇」=「皇室消滅」が実現されたころには、グローバル化と称した大量の外國人流入政策(移民政策)によって、日本人の民族意識なども消えて無くなるのは時間の問題でしょう。幸福実現党は実際打ち出しているその政策で、「日本が好きな善良な外國人」というだけで、今の金融賭博経済復興の為に大量の外國人移民を日本へ流入させようとしている事が明らかになっています。

 ただ、幸福実現党がまだ手緩かった点を言えば、堂々と宗教団体が支持母体と表明したことでしょう。もしこれが、宗教色を一切排除した、公明党のような手段を真似て政界へ乗り込んできた場合は、カルト政党と知らずに、単なる「保守という風味がする」というだけで、保守・右派は支持をしてしまいかねません。

 恐らく、堂々と支持母体を公表したこの戦法には二つの見方があったのでしょう。「公明党のように言わないで堂々と創価学会を支持母体とするよりも、堂々と支持母体は「幸福の科学」であると言えば警戒感は薄くなる。」と言う事と、占領憲法を改憲するという自称保守派を標榜する者にとって、「靖國神社」の存在は精神的支柱と呼べるものであるから、堂々と宗教性を出している幸福実現党のスタンスが占領憲法20条をさらに形骸化させるに都合がいい存在である。」という理由があるのだろうと、私は推察しています。

 ここまで言わなくても理解されておられる方々が殆どだと思いますが、幸福”降伏”実現党は決して「日本の國體を護る!」という意味での保守本流などでは無く、戦後のGHQ体制を将来に向かってもなおも”保守”しようとし、暴力的に制定させられた占領憲法を何が何でも”保守”しようとしている意味での保守本流であり、単なる「反天皇共和国」を表向き平和的に目指す、強烈な極左革命主義者の集団であり、「國民主權」という傲慢なルソー思想の信者達である事を、我々は認識しなければなりません。



 「憲法9条を改正しよう!」という者と、「憲法9条を護ろう!」という者は、両方とも「憲法9条の会」なのです。

 占領憲法を有効だと認めて、更に改憲までして護ろうとする幸福”降伏”実現党のような、何か”保守風味”を醸しだす占領憲法改憲論者は、最大の反日勢力と断定して差し支えありません。

 クリックお願いします。
 ⇒人気BlogRanking人気ブログランキング

 こちらもクリックお願いします
 ⇒FC2BlogRanking.gifFC2ブログランキング


 クリックお願いします。
 ⇒人気BlogRanking人気ブログランキング
 こちらもクリックお願いします。
 ⇒FC2BlogRanking.gifFC2ブログランキング

テーマ : 幸福実現党 - ジャンル : 政治・経済

Tag : 大日本帝国憲法 幸福実現党 国民主権 日本国憲法 占領憲法

COMMENTS

COMMENT FORM

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。