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本年最後の國體論と憲法論

「日本の伝統を護る」といふ基本が無い人との憲法議論

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 少し気になった某所でのやり取りを、投稿者様に許可頂き転載させて頂きました。見やすいやうに「Q&A」という表示にすこし手直ししました。ちなみに私は当事者ではないので、この件に関してはこのブログ記事を書いている時點ではまだ議論に加わつていません。

 Qはある方の質問で、Aはsadatajp氏の答えです。(参照ブログ:「sadatajpの基本を押さえて」)

 ~引用開始~

Q、憲法(占領憲法、日本國憲法)は 有効ですか? 無効ですか?

A、有効です。
私個人の見解でなく、現実に有効なものとして扱われています。現憲法が有効故に日本
は現憲法に縛られており、現憲法が有効故に、憲法を原因とした様々な問題が起きてま
す。現憲法が有効故にです。憲法としての効力を持ってる故にです。それが現実です。

Q、大日本帝国憲法から 正当な手続きで 改正されていますか?

A、いいえ。

Q、されていないのなら無効です。

A、そうはなりません。現実にもそうはなってません。出鱈目なやり方で改正されましたが、今現在有効なものとして機能してます。それが現実です。

--------------------------------------------

Q、法治国家で あるべきでしょうか?・・・

A、信用を得る為に法治国家であることが望ましいです。
どうにも守ることの出来ない法以外は守るべきです。
守ってたのでは滅亡するしかなくなる法以外は守るべきです。

自分の意に沿うかどうかで守るか守らないかを決めてはいけません。
たとえ自分の意に沿わない法でも守るべきです。

先に書いた守ることの出来ない法は別です。
違反とされることを覚悟して、破るべきです。

ここでの『守るべき』は違反しないというだけの意味です。法そのものを、改変や廃止
がされることがないよう守るという意味ではありません。この法は良くないから改正し
ようという主張はいくらやっても構いません。違法な手段で出来た法だから廃止しよう
とか改正し直そうとかいう抵抗は構いません。


Q、で 有効か 無効か 決定されたのは いつですか?

A、1946年10月7日。

Q、何もしないで ほったらかしではありませんか?

A、有効としたまま、何もしないでほったらかしです。

Q、じゃあ どっちか はっきりすべきではないでしょうかね。

A、はっきりしてます。有効としたままですので有効なままです。


Q、法治国家を維持する以上 正当でなければ 誰も守りません。

A、出鱈目でも何でも法としてそう決まれば守らされます。
嫌だといっても強制力を行使して守らされます。

Q、某宗教団体で 偽のご本尊様で大騒ぎするのと同じ(で)、権威がなければ法など守りません。

A、力ある者が強制力を持って守らせようとすれば、守ります。
暴君が気まぐれで決めた法でも守ります。守らされます。

Q、人間は 権威を尊びます 憲法は正当性がなければ憲法ではありません。

A、正当性が全然無い現憲法が憲法とされてるのが現実です。
そして憲法だからと、守ることを求められます。

 もっとも、現憲法は誰も守れないものだから誰も守ってませんがね。


 法律は権力者(機関)からの指示であり命令です。その効力の裏付けとなるのは、その権力者の権限です。革命が起き権力者が変われば、それまでの法律は効力を失います。他国に占領され、その地の政府が潰されれば、その地の既存の法は無効となり、占領した他国の法と置き換えられます。法律というのはそういうものです。有効性の裏付けは正当性ではなく力です。

 現憲法の効力の裏付けとなってたのはGHQの権力です。GHQが絶大な権力を持ってた故に、正当性がなく出鱈目で守りたくもない憲法を守ることを強いられたわけです。この時はGHQの権力故に有効だったのです。さて、占領が終わってGHQがいなくなった後。GHQがいなくなったのですから現憲法は守らなくてもいいものになりました。守らなくともGHQは強権を振るってきません。だから守らなくてもよくなりました。でもGHQから権限を引き継いだ日本政府が何もしないでほったらかしてるので、守らなければならないことになったままになっています。最早守る必要ないのに守ってる、最早有効ではないのに有効なものとして扱ってる。それが今です。そして、有効なものとして扱ってるので有効なままというのが今現在です。



 ~引用終了~

 上記を踏まえて私が気になつたのは、有効性と正当性の関連問題ではありません。A側の論理についてです。以下引用文においてQ側の反論(というか質問)はその矛盾点を鋭く突いています。

 ~引用開始~

◆反論対象①
>もっとも、現憲法は誰も守れないものだから誰も守ってませんがね。

 反論①
 貴方曰く、誰も守れないし、誰も守ってないない。なぜ「有效」なのでしょう。
 「有效」に効力を発揮していないのになぜ「有效」なんですか?
 他にだれかのこの理屈がわかる方いらっしゃいますか?
 すでに最初の段階で意味不明で支離滅裂です。
 本当に法律を分かっていらっしゃるのですか?
 よく分からないなら、「わからない」と素直に言うことは何にも恥ではありませんよ。


◆反論対象②
>法律は権力者(機関)からの指示であり命令です。その効力の裏付けとなるのは、そ
の権力者の権限です。革命が起き権力者が変われば、それまでの法律は効力を失います。

 反論②
 「革命」とはいつ起きたのでしょうか?
 何の法律の効力が失われたのですか?

◆反論対象③
>他国に占領され、その地の政府が潰されれば、その地の既存の法は無効となり、占領
した他国の法と置き換えられます。
法律というのはそういうものです。

 反論③
 日本政府が潰されて、GHQの憲法に置き換えられたということでしょうか?

>有効性の裏付けは正当性ではなく力です。

 なるほど、暴力であれなんであれ”力”こそがすべて、ということですね。
 「伝統などクソ食らえ!」ということですね。
 少なくとも貴方がいわゆる我が國の”伝統保守”でないことが良く分かりました。
 これで 「日本の心」を語るのは詐欺的だと思いますが・・・・・


◆反論対象④
>現憲法の効力の裏付けとなってたのはGHQの権力です。GHQが絶大な権力を持ってた故に、正当性がなく出鱈目で守りたくもない憲法を守ることを強いられたわけです。この時はGHQの権力故に有効だったのです。

 反論④
 反論③を踏まえて、
 貴方は、「1946年10月7日」で有效と仰った。
 この日は、「衆議院が貴族院から回付の憲法改正案再修正案に同意」した日、つまり、占領憲法(日本國憲法)が成立した日といわれていますが、この、衆議院と貴族院は明らかに「帝國議会」という我が國の政府機関です。

 つまり、前段で貴方は帝國議会によって「有效」とされたと言っているにも拘らず、後段の反論対象④ではなぜか「GHQの権力故に有効」だと仰っている。

 一体どちらによって「有效」となったのですか?これまた論理破綻の支離滅裂な意味不明な論理ですね~。

>さて、占領が終わってGHQがいなくなった後。GHQがいなくなったのですから現憲法は守らなくてもいいものになりました。守らなくともGHQは強権を振るってきません。だから守らなくてもよくなりました。

 これも同じです。帝國議会で可決して「有效となった」と貴方は一番最初に仰っているのに、何故ゆえに後段になって、「GHQがいなくなったのですから現憲法は守らなくてもいいものになりました。」となるのですか?



 ~引用終了~

 ≪sadatajp氏に対する反論(といふか疑問)≫

 上記の引用文に関して言うと、本能や哲学的な觀點では無く、論理学に基づいた「現憲法の效力」と言ふ法理の效力論について議論されているものと認識、峻別した上で言ふと、Q側が指摘している内容は尤もなのですが、sadatajp氏(A側)の論理には全く一貫性がないと言わざる得ない。

 反論対象①は「占領憲法は有效である」といふ自らが示した命題を基準にして論理展開していかなければならないはずなのに、「もっとも、現憲法は誰も守れないものだから誰も守ってませんがね。」と、占領憲法の有効性が全く担保されない論理を言ふのである。二律背反の成り立ち得ない論理である。

 例えば、この部分だけを近所のおばちゃんの井戸端会議風に表現すると、「有效だ!有效だ!と何百回も言われても、みんな守れないし守ってないんでしょ?そんなの意味無いわよね~奥さん。」と言われて終わりの話です。何回「有效だ!」と言われても全く説得力がありません。

 反論対象②では「革命」といふ言葉が出てきますね。いはゆる「八月革命説」(我々は「恥かく革命説」と呼んでいます。)の事を言つているのでせうか。その所はよく分かりませんが、すでに論理破綻している説であつて、特に今更言及する必要も無い内容です。本当に、いつ革命が起きて、何の法律の效力が無くなつたのでせうか?

 反論対象③ですが、これもいつ政府が潰されて、いつその地の既存の法律は無效になつたのでせうか?

 そして反論対象④でQ側が指摘している内容に近い事ですが、仮に革命が起きて政府が潰されて既存の法律が無效となつていたとして、なぜ1946年10月7日(衆議院が貴族院から回付の憲法改正案再修正案に同意、日本国憲法が帝國議会で成立した日 )を境に有效となるのでせうか?

 革命が起きて政府も潰されて既存の法律も無效になつているのに、帝國議会は既存の法律に則つて稼動し、占領憲法を成立させていたのですね。これをご覧の皆様が納得されるかどうかは別として、どうこねくり回して考えても可笑しな論理で矛盾だらけであることには変わりありません。

 さらには「もっとも、現憲法は誰も守れないものだから誰も守ってませんがね。」と、「まったく有效ではない扱いである」とご自身で言われて、その後すぐに、

>でもGHQから権限を引き継いだ日本政府が何もしないでほったらかしてるので、守らなければならないことになったままになっています。最早守る必要ないのに守ってる、最早有効ではないのに有効なものとして扱ってる。それが今です。そして、有効なものとして扱ってるので有効なままというのが今現在です。

 先に「誰も守ってませんがね」と言つて、その後に「守る必要ないのに守ってる」と。誰も守つてないと発言したのはご自身ですよ?

 守つてるのか、守つていないのかどちらなのか?

 有效なものとして扱つているのか、有效ではないものとして扱つているのかどちらなのか?

私個人の見解でなく、現実に有効なものとして扱われています。現憲法が有効故に日本は現憲法に縛られており、現憲法が有効故に、憲法を原因とした様々な問題が起きてます。現憲法が有効故にです。憲法としての効力を持ってる故にです。それが現実です。

 「もっとも、現憲法は誰も守れないものだから誰も守ってませんがね。」という事ならば、我の國は占領憲法に誰も縛られている事はなく、誰も守つていないのなら、今発生している問題の根源は占領憲法が原因ではない、と言ふ事になる。

 とにかく、どこもかしこも論理破綻の支離滅裂としか言いようがありません。

 全く基本が押さえられていないのはsadatajp氏です。

 もしご回答されるおつもりがあるならば、ここまでの内容についてお答えください。

 以上。




 ≪我の國の國體論に基づく帝國憲法は、主權論に基づく占領憲法と全く基本性質が違う≫

 我々人間は、自らに危機が迫つた時には反射的に防御する「本能」があるのは説明するまでもないと思います。そして、自分の子供や家族などに危機が迫つた時には身を挺してでも守ろうとする事も「本能」であって、法律云々以前の話でそれは人間として当たり前の行動であります。

 例えばですが、「自らやその家族に何らかの危機が迫つていても防衛行動を取つてははならない」という法律存在したとする。しかし、上記のやうな人間の本能がある限りその法律に違反してようがいまいが、自分が命を懸けて産んだ子供に危害が加えられているのを目の前にして、「法律で守っちゃいけないって決まってるから・・・」などと言つて助けない親は居ないでせう。(よっぽど特殊な親でない限りと言ふことですが。)

 家族と同じ雛形構造を有している國家も同じ事で、自らに危機が迫つている時に自己防衛する事は「本能」に基づいて当然認められなければならない事であり、それがいはゆる「自然権」とも呼ばれているものであります。

 しかし、占領憲法はこの「本能」を完全否定している憲法です。しかも、國家を守るためにお互い協力しあう事も否定している憲法です。この憲法の実態を知つてか知らずかは分かりませんが、それでも「有效」であると認める根拠は一体どこにあるのか、というのです。(参照過去記事:「9条の自然権という詭弁」)

 自衛隊という存在は、完全に占領憲法第9条違反である事は疑いようは無く、設置の経緯・理由はどうであれ占領憲法に基づくならば、本来ならば今すぐにでも解散しなければなりません。「違憲であるため無效」という事です。自衛隊法や有事法制度など、自衛隊の存在を有效と前提している法律は、占領憲法第9条に照らせば完全に違憲であるため、事実上、憲法違反をし続けながら自衛隊を存続させているという事になります。

 (純粋に法理論のみ議論するならば排中律を基準にしなければならず、「有效であって無效である」という二律背反の論理は成り立ちえず、憲法におひては「有效か無效かどちらか」といふ論理しかありえません。これは法理論を語る上での基本中の基本です。)

 たまに「もう実力行使しなければ憲法論議をしたところで何の解決にもつながらない」という意見がありますが、それは帝國憲法がどういうものであつたかを正しく理解していない方の思ひ込みにしか過ぎません。そもそも憲法以前の問題として、「自分たちを護る方策が必要か必要でないか?」といふ単純な疑問を投げかけられた時は、自己防衛本能が理屈無しで存在する事同じく「必要である」と多くの人が答えると思ひます。これが本来の普遍性とい言ふものであつて、占領憲法が謳う前文に普遍性などありません。

 従つて、論理を超える本能の作用によって、我の國を護る義務が明記されている帝國憲法は法律云々以前のごく「当たり前」の憲法であつて、その條項にはその当たり前の「本能」を成文化しただけの條項が存在しており、我の國の伝統である國體條項や國防の義務條項などは憲法と同等か、それ以上に重要な條項として「改正に限界がある」という戦前時の憲法解釈は当然の解釈であり、それは我の國を護持する実力行使の条文として最重要視されなければならない問題の一つであります。

 上記を大雑把にまとめると、帝國憲法は誠に現実的な「本能」の憲法であり、占領憲法はお花畑の理想主義的な「理性(理屈)」の憲法である、と言ふことであり、本能的に遵守出来ない憲法は憲法としての效力は無く、憲法として無效であるといふ事になります。

 「占領ウソ憲法」と呼ばれる時もある事に象徴されているやうに、占領憲法は有效として認めやうとすればするほど「恥の上塗り」ならぬ「嘘の上塗り」をしている事が顕著に論理構成に現れてきます。ある期間から「無效」だといっても、それまでの有效な期間があれば、それは単なる有效論にしか過ぎません。

 眞正護憲論の理論の場合は、法理論に忠実かつ妥当な解釈であり、現実的な面と即応性を考えた上でも憲法として認めて破棄するより遥かに利があります。なぜなら、占領憲法を憲法として有效と認める「破棄」や「改正」などと言ふ行為を行う場合は、必ず占領憲法第96条の改正條項(国会議員の3分の2の賛成と國民投票)を遵守しなければなりませんが(これは失効論なども同じ)、眞正護憲論の場合、占領憲法はもとより無效としているため、國会の3分の2以上の出席に基づいた過半数での無效確認決議のみで占領憲法の無效宣言が可能です。対応速度が全然違います。

 そして、眞正護憲論(新無効論)は、我が國の國體・伝統・文化を護る事と同時に、出来る限り混乱を生じさせない方法論としての法的安定性を考慮して占領憲法を講和条約の限度として認めると言ふ解釈技術(帝國憲法第76条を根拠として)を用いていますが、天皇陛下と我々臣民の総意が得られれば、占領憲法の無効宣言と同時に、講和条約の限度として占領憲法をみなして破棄しても何ら対外的には問題はありません。

 ここで、沸く疑問は「講和条約を破棄するならば相手國(旧聨合國)が許さなかつたらどうなるの?」と言ふ所ですが、これは聨合國側が「我々は日本國憲法を講和条約としては認識していない」と言へば、こちらは一方的に破棄通告するだけで終了します。もし仮に旧聨合國が講和条約として認めたとしたら、その事が逆に「日本國憲法といふ名の占領憲法はやはり講和条約の一つであつた」といふ認識を補強する事になり、憲法としては完全に無效であつて、帝國憲法が現存している根拠にもなります。そして桑港條約締結により講和条件はすでに履行され、獨立回復なされている訳ですから、相手國の法律的安定性を害することなく事情変更の法理によつてこれも同じく破棄通告するだけで終了します。

 いづれにしても、我々は「実力行使(武力行使)してでも護らねばならないのは、我の國の伝統・文化・國體(もちろん天皇、皇室、我々臣民全員を含む)なのであって、帝國憲法はその行爲を有效として認めている」と考えていますから、ましてやその帝國憲法を否定する、外國の軍隊による占領中の憲法改正もしくは新制定行爲、または伝統を否定する新憲法制定、占領憲法の改正、占領憲法を憲法として認める事は断じて許さないと言う立場です。

 sadatajp氏が言ふやうに、

 >有効性の裏付けは正当性ではなく力です。

 と言ふことであれば、Q側の方が指摘している通り、「これで「日本の心」を語るのは詐欺的だと思いますが・・・」は全くその通りであり、上記のやうな「力がすべて」と言ふことであれば、「憲法の前にまずはそこを考えて欲しい」という前提の段階で、「思想信条の基軸が我々と貴方とでは全く違いますね。貴方は我の國の「伝統保守」ではありませんね。」と言ふことで、目指すものが我々とは全く違う事が確認できてしまいます。

 よって、今回取り上げたsadatajp氏に限りませんが(前もこのやうな事がありましたが…)、お互いの「何を保守するのか?」という基軸が違うと、憲法議論も最終的には思想を確認し合うだけになる、といふ「不毛な議論」になる事が殆どです。法理論におひても全く議論が噛み合いません。私とsadatajp氏のどちらが「我の國の伝統保守」に近いかどうかの判断は、ご覧なられている方にお任せいたしませう。

 今年最後にもう一度、今年評判が良かつた一押し画像を再UPして終了いたします。

 眞正護憲論者チェック

 今年もありがとうございました。みなさま、良いお年をお迎えください。

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テーマ : 国家論・憲法総論 - ジャンル : 政治・経済

Tag : 大日本帝国憲法 日本国憲法 占領憲法

COMMENTS

NoTitle

私の反論は受け付けてくれるのかな?

sadatajp殿

どうぞコメント入れて頂いて結構ですよ。

NoTitle

とても守れないほど難易度が高いのが現憲法でして、いくら守ろうとしても決して守ることが出来ない代物なのです。それでも憲法ということになってるので守らなければとなってます。だから守ろうとはするわけです。でも守れない。
で、どうなるかといえば、
果てしなくアレやれコレやれと責められ続けるわけです、主にサヨクから。また、アレは駄目コレは駄目と責められ続けるわけです、主にサヨクから。それを受けて日本政府は右往左往させられるわけです、延々と。そんな感じで現憲法はサヨクが日本(政府)を言いなりにさせる為の道具として機能しています。現憲法はそういうものです。なので「現憲法は誰も守れないものだから誰も守ってませんがね」となるわけです。


有効かどうかに関しては、守れないにしても守ろうとは思わせるしその為の行動も取らせるのだから法としての効力はあり、法として有効に機能してます。


----------------
予想されるツッコミに対する布石として念の為にと思って書いたのだけど、あなた方に対しては余計でしたね。あなた方には何のことやらわからなかったようですから。

NoTitle

あなたは単に「言葉遊び」をしているだけです。

まず、議論の前の大前提として、貴方の論は単なる「感情論」なのか、「法律論」なのか明確に分けて論じてください。

法律論で議論するならば、正確な知識で議論してください。貴方自身だけの推測、憶測、思ひ込み、などで議論を進めないで下さい。

さうでなければ議論する意味も意義もがありませんし、そんな不毛な議論に大切な時間を費やす程私は暇人ではありませんので早々にお引取り下さい。

本題に入りますが、「法として有效に機能している。」の中の、『法』とは何の法規を指しているのでせうか?仮にこれが憲法を指しているのであれば、「法として有效に機能している。」といふ状態は、「ちゃんと守られている」という状態のことを言ふのです。

貴方はご存知ないだらうが、法には大きく分けて「效力規定」と「訓示規定」といふものがあります。

「效力規定」とは、その規定に反する行爲はすべて「無效」とする規定のこと。

「訓示規定」とは、その規定に反する行爲があつても、つまり「違反行爲」があつても、その違反行爲の效力に何ら影響を及ぼさない規定のこと。直ちにその行爲を無效である、とはしない規定。

(我妻栄編集代表『新版新法律学辞典』昭和四十五年、有斐閣より)

そして、憲法法規はすべて「效力規定」であり、その條項に違反する行爲はすべて「無效」です。さうでなければ「憲法」ではありません。

であるならば例えば、自衛隊は占領憲法9條違反です。ならば、違憲の存在である自衞隊を「無效」、無いものとしなければなりません。

しかし、実際に無くしてしまふと國防が出来ない。現実問題、占領憲法に違憲だと分かつていても存續させておかねばならない。「無效」であるとして自衛隊を解散させるわけには行かない、と。

結局、占領憲法が本来憲法であるならば、必ず守らねばならないものなのだが、守られていない憲法であるといふことになります。

よって、前述したやうに、效力規定として運用されていない現行憲法は憲法では無い、といふ事であり、憲法としての適格性を満たしておりません。

従って、憲法として有效に機能していない憲法は憲法ではなく、憲法として無效である、といふ事です。

しかし、占領憲法が憲法でなくても、我々の本当の憲法は「大日本帝國憲法」であるため、自衛隊は帝國憲法に基づいて堂々と合憲です。コソコソと解釈改憲する必要はありません。

政治の話です

「言葉遊び」をしているだけだというなら、私がいったいどんな言葉遊びをしてるのかを書いてください。


私は政治の話をしています。理論でなく現実に基いて話しています。現実を観察し分析して書いてます。私が書いてることにはそれに該当する事実がありますので、推測・憶測・思い込みではありません


>「法として有效に機能している。」といふ状態は、「ちゃんと守られている」という状態のことを言ふのです。

法律の理論上はそうなのかもしれませんが、では守られてないなら無効なのでしょうか? そんなことはありませんよね。法を守るよう指導や強制力がある命令が出せたり、処罰が出来たりします。法がある故です。これで無効だとは言えません。つまり、ちゃんと守られている」という状態でなくとも「法として有效に機能している。」という状態はあるわけです。これが現実です。法律の理論がどうなってようとこれが現実です。私はそんな現実を、現実のままに、ありのままに扱う政治の話をしています。

あなたは現実離れした理論で話をしてます。私は現実に基いて話をしてます。
現実に基かない理論は机上の空論です。
ありのままの現実を説明出来ない理論は未成熟な理論です。
ありのままの現実と異なる結論を出す理論は間違った理論です。
理論優先で現実を蔑ろにするあなた方の考え方を改めることをお勧めします。

NoTitle

政治は 法を超越するのですか?

NoTitle

>では守られてないなら無効なのでしょうか?

憲法としての效力が無いのですから、無效です。守られていない憲法は無效です。仮に厳粛に守られていたとしても、占領憲法は違法な状況によつてGHQに強要されたという、事実があるため、いづれにしても憲法として無效であることに変わりはありません。だから、我々は占領憲法は元から無效だと述べているのです。

そして何よりも我の國の傳統・文化・國體(國柄)から認められないので無效と述べています。

単純な話なのですが、それでもわかりませんか?

政治における立法行爲は、必ず憲法に基づかなければなりません。憲法に違反をしている事を承知の上で、議会政治によつて立法行爲を行う事が許されるのであれば、そもそも憲法など必要ありません。そうなれば、それは「無效論」ではなく単なる「無法論」であり、無法状態を肯定する者は「無法者」です。

>法を守るよう指導や強制力がある命令が出せたり、処罰が出来たりします。法がある故です。・・・法律の理論がどうなってようとこれが現実です。私はそんな現実を、現実のままに、ありのままに扱う政治の話をしています。

この部分は貴方が言つている内容は民法や刑法などの「法理論」の話であり、政治の話ではありません。ご自分で書いていて分かりませんか?

やはり貴方は「憲法」と、「民法や刑法」などを完全に混同しています。根本的に認識を誤つています。ですから、名の知れた専門家に確認しなさいと前から言つてあげているのです。貴方が間違いをあちこちで晒して恥を書く前に助言を与えてあげているのですよ?わかりますか?これでは議論が全く噛み合いません。

その法を遵守させるためにその権限を与えるのも「法」であり、強制力や処罰を科すことの出来る裁判所も当然のように「法」に基づいています。

>法律の理論がどうなってようとこれが現実です。私はそんな現実を、現実のままに、ありのままに扱う政治の話をしています。

貴方は正気で言つているのですか?

法とその法の理論があるからこそ、裁判所などが設置されて強制力があつたり、処罰できたり、量刑を決める事が可能となつているのですよ?これが現実行われている事ですよ?

一体何を根拠に指導したり強制力を行使したり、処罰したりすると言ふのでせうか?厳粛な法理に基づかない司法行政は単なる「人治主義」であり、法治國家を否定する「暴力主義」です。法とその理論は別物ではなく不可分で一体のものです。こんな当たり前の事まで説明しなければならないのですか。

貴方が間違つているのは理論だけでなく、現実認識ですら間違つています。どこも肯定出来る、もしくは心情を理解できる箇所が存在しません。

そもそも、私がお聞きしたいのは本文でも書いているやうに、

「占領憲法は憲法として有效か無效どちらなのか?」

という事のみです。

で、占領憲法を憲法として認めるのであれば、「貴方は我の國の傳統保守ではありませんね。単なる戰後保守ですね。」と述べて終わりです。こんな単純な事がわかりませんか?本文に掲載してある図の通り単純な話なのですが。

あきつさん>

政治は法を作る・変える・廃棄する。

NoTitle

守られてないならないで、法を守るよう指導や強制力がある命令が出せたり処罰が出来たりします。これでも無効だと言うのですか?
これは現憲法が無効かどうかについて書いているものです。無効かどうかで返して下さい。


>法とその法の理論があるからこそ、裁判所などが設置されて強制力があつたり、処罰できたり、量刑を決める事が可能となつているのですよ?

法は政治が作ります。政治の作った法を基にあーだこーだ言ってるのが法の理論です。政治が上位です。

NoTitle

>「占領憲法は憲法として有效か無效どちらなのか?」

今現在は憲法として、有効なものとして扱われている。

NoTitle

政治は 法に制限される。
これが 正統な法です。

政治は法律を作るのではありません。
法によって 法律を作るのです。

NoTitle

じゃあ法を作るのは誰だ?

>法によって 法律を作るのです。

大日本帝国憲法はどんな法から作られたんだ?

NoTitle

日に日に、暮らし辛くなる日本ですね。
金も仕事も犯罪も、 なにかと在日に乗っ取られていて、頭にくるばかりです。

NoTitle

えさん

あらゆる諸問題は、憲法をはじめとした戦後の体制の維持継続によってもたらされているのは、自明の事ですので、まずはこれらを「原状回復」元通りにして行かなくてはなりませんね。


sadatajpさん

>大日本帝国憲法はどんな法から作られたんだ?

何度も申しておりますが、帝國憲法は「慣習」を確認されて制定されたものですから、議会の運営規則などの技術的な条項以外は、先人の生活や社会規範の中から自然発生してきたものであり、それを改めて成文化した「法律」ですから、その日に突然作られて守らされていたものではありません。

 この事は、まともな日常生活を送っている方ならば、知人間においても成文法によらずとも「暗黙の了解」というような、「お互いの関係を保ってゆくには、これだけは守らないといけないな」という「規範意識」が有る事で理解できるはずです。

 成文法が先にあって社会秩序(その秩序状況の良し悪しは別として)が有る訳ではない事は人類の歴史を見れは説明するまでもないでしょう。

 貴方がまず今一番先にせねばならないのは、ご自身の矛盾を解くことでしょう。私に何かを反論する以前の問題です。

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